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犠牲ーわが息子・脳死の11日:柳田邦男
2008年 07月 20日 |
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犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日

冷たい夏の日の夕方、25歳の青年が自死を図った。
意識が戻らないまま彼は脳死状態に。
生前、心を病みながらも自己犠牲に思いを馳せていた彼のため
父親は悩んだ末に臓器提供を決意する。
医療や脳死問題にも造詣の深い著者が最愛の息子を喪って動揺し、苦しみ、生と死について考え抜いた11日間の感動の手記。
(「BOOK」データベースより)

簡単によくある「泣ける実話本?」なんて思って
読んだのですがそんな軽い本じゃあない。
読み始めて、しまった、と思った。
あまりにも深刻でデリケートで重い問題で
出来ることなら考えることすら避けて通りたいほど
辛い問題定義。
けれど矢張りこれは読むべき本だと。
考える機会を与えてもらってよかったとすら。
脳死。
それも自分の家族。
どう捉えるか。

神経症を患い、親も気づかないほど長い間
苦しみ、その挙げ句、自殺を図り脳死状態に陥った息子。
それは中学生から12年間という長い苦しみ。

年間何万人と自死を選ぶ人たち。
何故?と問う気持ちに、この本は一人の答えを
あますところなく描き出し、それはもぅとても
悲痛に満ちた壮絶とも言える心の内側を
見ることができる。
さらに救おうとしながらも救えなかった父親の
苦しさ。

妻はその前から強度の不安と不眠と抑うつの状態で
朦朧状態で寝込んだまま
長男はウィルス脳炎を経験しており、その頃には
完治後、家をでて生計をたててはいたが
結果、二男の治療に共に立ち向かえるのは父一人。
2時間も3時間も待たされるような精神科の外来。
それでもいつか、息子が自立して社会生活をおくれるように
なるという期待をすべて奪われたような空疎感。
しかしそれ以上に、苦しんでいた、父も知らなかった
息子の内側を、息子の残したノートは語る。

さらにその後に続く脳死という診断に対し
ジャーナリストでもある父は、過去様々な文献を
目に通したことから知識はあるものの
いざそれが自分の愛する家族が対象となったとき
父の下した決断は、立花隆の脳死に関する著書に
深く同意しつつも、結局「父親」としての
センチメンタルな感情を一番に持って来ることを選び
そして、三人称としての患者の死ではなく
二人称としての患者の死として扱ってくれる医療機関の
充足を本書にて促す。

自殺という道を選ぶ心と死なれてしまった父の心
その双方を痛いほどにこの本は書きつつ
さらに個人的な経験を一般論へ転換していく作業。
これは柳田氏だからこそ成し得たことでは。
だからこそ、あたしたちはこの本を読むべきではないかと。
そして考えるべきではないかと。

この本にて、目からうろこが落ちたような気分にさせたのは
脳死判定についての一考。
死というものをある時点で線引きするのではなく
個人の選択の幅のある、面にて決めようという考え。
日本的、東洋的なゆったりしたファジーさの有効性
そしてその為の医療機関の二人称としてみる扱い
これらはかなり強く認められてもいいのではないかと。
ただ現在の慢性的な医療機関の人手不足を考えると
それはまだまだ難しい。

真面目な父と優しい息子。
世間一般的にみれば素晴らしい形であるのに
それがゆえに引き起こした結果とも思えなくはないこの親子関係。
この本からは様々な点において色々と読む側に
考える機会を与えてくれると思う。
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